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大阪高等裁判所 平成12年(行コ)51号 判決 2000年11月08日

平成一二年(行コ)第五一号事件控訴人、同第五二号事件被控訴人

(第一審被告。以下「被告」という。)

東住吉税務署長

東正和

右指定代理人

下村眞美

西仲光弘

原田一信

塩谷邦幸

水野俊生

浅野由佳

平成一二年(行コ)第五一号事件被控訴人、同第五二号事件控訴人

(第一審原告。以下「原告」という。)

右訴訟代理人弁護士

津留崎直美

主文

一  原告及び被告の各控訴をいずれも棄却する。

二  控訴費用は、平成一二年(行コ)第五一号事件、同第五二号事件を通じてこれを二〇分し、その三を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

事実

第一控訴の趣旨

一  平成一二年(行コ)第五一号事件(被告)

1  原判決中被告敗訴部分を取り消す。

2  右部分に係る原告の請求を棄却する。

二  同第五二号事件(原告)

1  原判決を次のとおり変更する。

2  被告が原告に対し、平成八年二月二八日付けでした原告の四年分ないし平成六年分(以下、合わせて「本件各年分」という。)の所得税についての各更正処分(ただし平成四年分及び平成六年分については異議決定により一部取り消された後のもの)及び過少申告加算税の各賦課決定処分(以下「本件各処分」という。)のうち、平成四年分の総所得金額一七一万円、平成五年分の総所得金額二一七万九五八〇円、平成六年分の総所得金額二一〇万九二一五円を超える部分を取り消す。

第二当事者の主張

一  当事者の主張は、次の二のとおり追加された他は、原判決「事実」欄の「第二 当事者の主張」に記載されたとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決七頁五行目及び九頁五行目の各「本件各処分」の次に「のうち、平成四年分の総所得金額一七一万円、平成五年分の総所得金額二一七万九五八〇円、平成六年分の総所得金額二一〇万九二一五円を超える部分」を加え、同九頁六行目から同頁末行までを削除する。)。

二  当審における追加主張

1  所得率の推計方法について

(一) 原告の主張

(1) 被告が本件推計の算出根拠としている原判決別表3ないし5(乙三の1ないし31の同業者調査表)には、引用に係る原判決「事実」欄「第二の五2」で指摘するような問題点があるが、中でも被告が抽出した同業者のうち、東大阪A、同Bについては、原判決別紙6に示すとおり、逆算により推定される特別経費額が各年度毎に大きく変動しており、このような業者を推計の資料とするのは不合理である。

(2) 右の他、原判決が指摘するように、豊能Aも資料から除外するべきであるから、残る同業者は東成Aと旭Aの二者のみとなるが、このように少数の業者の平均値を求めるのは不合理であるから、結局、本件の所得率については、裁判を意識せずして中小企業庁が作成した「中小企業の経営指標」の数値(売上高対営業利益率)をもって算定するのが正当である。

(二) 被告の主張

(1) 実体法上推計による課税が認められ、かつ、その必要性が存在する以上、業種、事業規模等の類似性や事業者の地域性等の基本的な要因において比準同業者の抽出が合理的であれば、同業者間に通常存在するであろう個別的な営業諸条件の差異は、それが推計自体を不合理ならしめる程度に顕著でない限り、その平均値を求める過程で捨象されるというべきである。

そして、抽出が合理的に行われた以上、平均値を求めるに当たっては、その作業は機械的に行われることが必要である。理由なく最大値や最小値を除外することは、恣意的な推計方法になりかねず、適正に個別事情を捨象することにならないからである。

したがって、所得率の算定においては、被告において抽出選定した同業者(本件の場合五業者)のそれをすべて平均した値を採用すべきであり、仮に特定の業者を除外する方がより真実の所得金額に接近できるとしても、そのことを理由に、合理的な推計によってなされた本件各処分を取り消すことは許されない。

(2) 原告が所得率の基準として採用すべきであると主張する「中小企業の経営指標」は、<1> 中小企業診断協会が独自に選定した企業に対してアンケート方式により得た回答を基としていることから、右指標の数値等に正確性があるかどうか疑問があること、<2> 選定された企業の抽出基準には法人をも含んでおり、かつ、全国各地の企業を対象としているなど、被告が設定した同業者の抽出基準とは全く異なること、<3> 「売上高対営業利益率」と被告が用いた同業者の「算出所得率」とは、その定義が全く異なること、<4> 被告は、事業規模の類似性について、原告の売上げ金額に対し倍半基準の範囲内の者に求めているところ、「中小企業の経営指標」においては従業員の人数に求めており、原告の事業規模と近似性があるともいい難いことなどの問題点があり、被告が採用した同業者の平均算出所得率に代替し得る正確かつ合理的な数値であるとは到底認められない。

2  算出所得金額から控除すべき特別経費について

(一) 原告の主張

原告の特別経費としては、被告の本件各処分において既に認定されている工場家賃、原審で原告が主張した活魚料理店「A」の店舗購入のための借入金利息(引用に係る原判決「事実」欄第二の五1(三)(2))の他、次のものがある。

(1) 平成四年分

駐車場賃料 二四万円

メッキ設備購入のための借入金の支払利息 三一万四五七五円

合計 五五万四五七五円

(2) 平成五年分

駐車場賃金 二八万八〇〇〇円

メッキ設備購入のための借入金の支払利息 三六万八二八一円

合計 六五万六二八一円

(3) 平成六年分

駐車場賃料 二八万八〇〇〇円

メッキ設備購入のための借入金の支払利息 三六万七四五五円

合計 六五万五四五五円

右主張について、被告は時機に遅れた攻撃防御方法というが、支払利息等については手元に資料が十分なく、金融機関への問い合わせで初めて明らかになったものもあり、時機に遅れたとはいえない。

(二) 被告の反論

(1) 一審において、原告は特別経費として事業所に係る地代家賃と店舗購入のための借入金利息を主張しており、これらの特別経費を争点の一つとして、約三年にわたって審理が行われた。しかし、原告は、右審理において、他に経費があったことを全く主張せず、当然他の経費は争点とならなかった。経費の有無は原告が一番知悉している事柄であり、真実経費が存在したのであれば、一審において当然主張できたはずであり、これを妨げる事情があったとは思えない。したがって、国税通則法一一六条二項によって、原告の特別経費の主張は時機に遅れて提出された攻撃又は防御の方法とみなされるから、民事訴訟法一五七条一項により却下されるべきである。

(2) また、被告が主張する売上金額は、被告が反面調査によって捕捉したものであるところ、反面調査によって把握し得る売上金額の範囲には自ずと限界があり、実際には被告の売上金額に相当の捕捉漏れがあると思われる。のみならず、被告は、右売上金額が原告の売上金額の全部であると主張しているわけではなく、被告の主張する売上金額は、推計の合理性を基礎づける事実として、あくまでもその額を下らない売上金額があったというものにすぎない。

したがって、仮に原告が経費の実額を立証したとしても、被告主張の売上金額がそのすべてであることをも立証しない限り、真実の所得額が推計による所得額よりも過少であることを立証したことにはならない。よって、原告が総収入金額とこれに対応する必要経費額を主張しないで、特別経費のみを主張することは、主張自体失当というべきである。

第三当裁判所の判断

当裁判所も、原告の被告に対する本件請求は、原判決主文二、四項掲記の限度で理由があるものと判断する。その理由は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決「理由」の「一」、「三」ないし「五」記載のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決の訂正等

1  原判決二四頁一〇行目の「同席したが、中途から部下職員の」を「同席しようとしたが、部下職員の」と、同二九頁九行目の「産出所得率」を「算出所得率」と、それぞれ訂正する。

2  原判決三三頁一行目の「いわざるを得ない。」の次で改行した上、その次の部分から三五頁二行目の「よるのが相当である。」までを以下のとおり改める。

「 特に豊能Aは、平成四年分について他の四業者のうちの最高が二七・〇三パーセントであるのに対し四五・〇四パーセント、平成五年分について他の四業者のうちの最高が三一・三九パーセントであるのに対し四一・二八パーセントといずれも際立った高い所得率を示している。しかも、豊能Aの平成六年分の所得率は三二・〇四パーセントと前二年と比較して著しく低落し他の抽出業者の算出所得率(最高は二八・一八パーセント)にかなり接近してきているのであるから、この数値を比較する限り、特に平成四、五年分の豊能Aについては、メッキの種類や方法による業態の相違のみならず、それ以外の豊能A固有の特別な事情によって算出所得率が高率に押し上げられていることを推認することができるというべきである。また、平成六年分についても、前記のとおり他の業者の所得率にかなり接近してきたとはいえ依然として高い所得率を示しており、前記豊能A固有の特別な事情が完全に解消されるに至ったとまで判断することはできない。

したがって、本件各年分のいずれについても、原告の同業者五者の平均値で所得率を算出する被告の推計方法は、豊能Aを含めている点において合理性に強い疑いを抱かざるを得ない。

(四) そこで、原告の所得金額を推計する方法としては、右のとおり不合理な数値を示す豊能Aを除外した他の同業者四名の平均所得率により、これを本件各年分の原告の売上金額に乗ずる方法によるのが相当である。」

3  原判決三七頁九行目の「拘束されるものでもない。」の次に、「けだし、課税処分の実体上の適法要件は、課税処分で認定された所得額が処分時に客観的に存在した所得額を上回らないこと(総額主義)であって、処分理由の主張は攻撃防御方法にすぎないからである。」を加える。

二  当審において追加された主張について

1  所得率の推計方法について

(一) 原告は、東大阪A及び同Bを同業者として推計の資料とするのは不合理であり、「中小企業の経営指標」の数値(売上高対営業利益率)をもって本件での所得率とするのが正当であると主張する。しかし、東大阪A及び同Bの特別経費の額に原告主張のとおりの変動が見られるとしても、そのことだけで右両業者の本件各年分の算出所得金額(特別経費控除前所得金額)、ひいては算出所得率の数値が不合理なものということはできないから、これらの業者を推計の資料から排除すべきであるとの原告の主張は採用できないし、また、甲一五によると、右「中小企業の経営指標」の調査対象は法人も含めた全国の企業であり、しかも従業員一名ないし二〇名の企業を事業規模として一括していることが認められ、これらのことに鑑みると、右「中小企業の経営指標」の調査対象が本件において被告が実施した比準同業者の選定方法(引用に係る原判決「理由」五2(五))よりも、原告と同業者の類似性確保の点で推計方法として優れたものとは到底いえない。したがって、この点に関する原告の主張は理由がない。

(二) 他方、被告は、同業者の抽出が合理的に行われた以上、平均値を求めるに当たっては、その作業は機械的に行われることが必要であり、本件においても豊能Aを除外することなく、抽出選定された五業者すべての所得率を平均すべきである旨主張する。

たしかに、同業者の比率を個別に比較した場合、ある程度の偏差があることはむしろ普通であり、営業条件等の差異が同業者間に通常存在する程度であれば、同業者の平均値を求める過程で包摂・解消されることとなろう。しかし、右の偏差が同業者間に通常存在すると考えられる程度を著しく超過している場合など、当該同業者の所得率を平均化の一要素に含めることが同業者率による推計の合理性を失わせるような事情が認められる場合には、裁判所において、推計の合理性を確保するため、当該同業者を除外して算定することも許されるものと解するのが相当である。

そして、本件の場合、前記一2で説示したような事情からすると、豊能Aを除外した他の同業者四名の平均所得率を算出することが、推計の合理性確保のために必要といえるから、この点に関する被告の主張は採用することができない。

2  特別経費について

原告は、一審において、被告が本件各処分で認定した事業所に係る地代家賃の他、同家賃の消費税相当額及び店舗購入のための借入金利息も特別経費として控除すべき旨を主張し、これらも争点の一つとして一審の審理が行われた。しかし、原告は、右審理において、他に特別経費として控除の対象とすべきものが存することを全く主張せず、そのため一審裁判所は、右原告主張の項目についてのみ特別控除の対象とするか否かを審理し、判決をした。しかるに、原告は、一審判決に対して当事者双方がこれを不服として控訴した後、当審の第二回口頭弁論期日になって初めて、前記第二の二2(一)のとおり特別経費控除の対象となる項目の追加主張を行うに至ったものである。

しかしながら、原告の当審における追加主張に係る項目の内訳(駐車場賃料及びメッキ設備購入のための借入金の支払利息)を見れば、いずれも一審段階において当然主張立証を行うことができたはずのものばかりであり、これを妨げるような特段の事情の存在は窺えない。

したがって、当審で追加された原告の右特別経費の主張は、時機に遅れて提出された攻撃防御の方法とみなさざるを得ず、国税通則法一一六条一項、二項、民事訴訟法一五七条一項により却下することとする。

第四結論

以上の次第で、原告及び被告の控訴はいずれも理由がない。

よって、主文のとおり判決する。

(平成一二年九月六日口頭弁論終結)

(裁判長裁判官 鳥越健治 裁判官 山田陽三 裁判官 西井和徒)

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